ジャックと豆の木4
ジャックと豆の木4
楠山正雄
四
こうして、またしばらくの間、ジャックは、うちで、おとなしくしていました。
するうち、だんだん、からだじゅう、むずむずして来ました。
もうまた天上てんじょうしたくなって、まいにち、
豆の木のはしごばかりながめていました。
するとそれが気になって、気になって、気がふさいで来ました。
そこで、ジャックは、ある日また、そっと豆の木のはしごをつたわってのぼりました。
こんども顔から姿から、すっかりほかのこどもになって行きましたから、
鬼のお上さんは、まただまされて、中に入れました。
そして、大男がかえると、あわてて、お釜かまのなかにかくしてくれました。
鬼の大男は、へやの中じゅうかぎまわって、ふん、ふん、人くさいぞといいました。
そして、こんどは、なんでもさがしだしてやるといって、
へやの中のものを、ひとつひとつみてまわりました。
そしてさいごに、ジャックのかくれているお釜のふたに手をかけました。
ジャックは、ああ、こんどこそだめだとおもって、ふるえていますと、
それこそ妖女がまもっていてくれるのでしょうか、
大男は、ふと気がかわって、それなりろばたにすわりこんで、
「まあいいや。はらがすいた。晩飯にしようよ。」といいました。
さて、晩飯がすむと、大男はお上さんに、
「にわとりはとられる、金の袋、銀の袋はぬすまれる、しかたがない、
こん夜やはハープでもならすかな。」といいました。
ジャックが、そっとお釜のふたをあけてのぞいてみますと、
玉でかざった、みごとなハープのたて琴ごとが目にはいりました。
鬼の大男は、ハープをテーブルの上にのせて、
「なりだせ。」といいました。
すると、ハープは、ひとりでになりだしました。
しかもその音ねのうつくしいことといったら、どんな楽器がっきだって、
とてもこれだけの音ねにはひびかないほどでしたから、
ジャックは、金のたまごのにわとりよりも、
金と銀とのいっぱいつまった袋よりも、もっともっと、このハープがほしくなりました。
するうち、ハープの音楽を、たのしい子守うたにして、
さすがの鬼が、いい心もちにねむってしまいました。
ジャックは、しめたとおもって、そっとお釜の中からぬけだすと、
すばやくハープをかかえてにげだしました。
ところが、あいにく、このハープには、魔法がしかけてあって、とたんに、大きな声で、
「おきろよ、だんなさん、おきろよ、だんなさん。」と、どなりました。
これで、大男も目をさましました。
むうんと立ち上がってみると、ちっぽけな小僧が、大きなハープを、
やっこらさとかかえて、にげて行くのがみえました。
「待て小僧、きさま、にわとりをぬすんで、金の袋、銀の袋をぬすんで、こんどはハープまでぬすむのかあ。」と、大男はわめきながら、あとを追っかけました。
「つかまるならつかまえてみろ。」
ジャックは、まけずにどなりながら、それでもいっしょうけんめいかけました。
大男も、お酒によった足をふみしめふみしめ、よたよたはしりました。
そのあいだ、ハープは、たえず、からんからん、なりつづけました。
やっとこさと、豆の木のはしごの所までくると、ジャックは、ハープにむかって、
「もうやめろ。」といいますと、それなりハープはだまりました。
ジャックは、ハープをかかえて、豆の木のはしごをおりはじめました。
はるか目の下に、おかあさんが、こやの前に立って、
泣きはらした目で、空をみつめていました。
そうこうするうち、大男が追っついてきて、もう片足、はしごにかけました。
「おかあさん、お泣きでない。」と、ジャックは、上からせいいっぱいよびました。
「それよか、斧おのをもってきておくれ。はやく、はやく。」
もう一分もまたれません。
大男はみしり、みしり、はしごをつたわって来ます。
ジャックは、気が気ではありません、身のかるいのをさいわいに、
ハープをかかえたなり、はしごの途中とちゅう、つばめのようなはやわざで、
くるりとひっくりかえって、たかい上からとびおりました。
そこへおかあさんが、斧をもってかけつけたので、ジャックは斧をふるって、
いきなり、はしごの根もとから、ぷっつり切りはなしました。
そのとき、まだ、はしごの中ほどをおりかけていた大男が、
切れた豆のつるをつかんだまま、大きなからだのおもみで、
ずしんと、それこそ地びたが、めりこむような音を立てて、落ちてきました。
そして、それなり、目をまわして死んでしまいました。
ちょうどそのとき、いつぞや、はじめてジャックにあって、
道をおしえてくれた妖女が、こんどはまるでちがって、
目のさめるように美しい女の人の姿になって、またそこへ出て来ました。
きらびやかに品のいい貴婦人きふじんのような身なりをして、
白い杖を手にもっていました。
杖のあたまには、純金じゅんきんのくじゃくを、とまらせていました。
そしてふしぎな豆が、ジャックの手にはいるようになったのも、
ジャックをためすために、自分がはからってしたことだといって、
「あのとき、豆のはしごをみて、すぐとそのまま、
どこまでものぼって行こうという気をおこしたのが、
そもそもジャックの運のひらけるはじめだったのです。
あれを、ただぼんやり、ふしぎだなあとおもってながめたなり、
すぎてしまえば、とりかえっこした牝牛めうしは、よし手にもどることがあるにしても、
あなたたちは、あいかわらず貧乏でくらさなければならない。
だから、豆の木のはしごをのぼったのが、とりもなおさず、
幸運のはしごをのぼったわけなのだよ。」
と、こう妖女は、いいきかせて、ジャックにも、
ジャックのおかあさんにもわかれて、かえって行きました。