ジャックと豆の木
楠山正雄
一
むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大王の御代のことでございます。
ロンドンの都からとおくはなれたいなかのこやに、
やもめの女のひとが、ちいさいむすこのジャックをあいてに、
さびしくくらしていました。
かけがえのないひとりむすこですし、それに、ずいぶんのんきで、
ずぼらで、なまけものでしたが、ほんとうは気だてのやさしい子でしたから、
母親は、あけてもくれても、ジャック、ジャックといって、
それこそ目の中にでも入れてしまいたいくらいにかわいがって、
なんにもしごとはさせず、ただ遊ばせておきました。
こんなふうで、のらくらむすこをかかえた上に、
このやもめの人は、どういうものか運がわるくて、
年年ものが足たりなくなるばかり、ある年の冬には、
もう手まわりの道具や衣類まで売って、手に入れたおかねも、
手内職なんかして、わずかばかりかせぎためたおかねも、
きれいにつかってしまって、とうとう、うちの中で、
どうにかおかねになるものといっては、
たった一ぴきのこった牝牛めうしだけになってしまいました。
そこで、ある日、母親は、ジャックをよんで、
「ほんとうに、おかあさんは、自分のからだを半分もって行かれるほどつらいけれど、
いよいよ、あの牝牛を、手ばなさなければならないことになったのだよ。
おまえ、ごくろうだけれど、市場いちばまで牛をつれて行って、
いいひとをみつけて、なるたけたかく売って来ておくれな。」といいました。
そこで、ジャックは、牛をひっぱって出かけました。
しばらくあるいて行くと、むこうから、肉屋の親方がやって来ました。
「これこれ坊や、牝牛なんかひっぱって、どこへ行くのだい。」と、
親方は声をかけました。
「売りに行くんだよ。」と、ジャックはこたえました。
「ふうん。」と、親方はいいながら、片手にもった帽子をふってみせました。
がさがさ音がするので、気がついて、ジャックが、帽子のなかを、
ふとのぞいてみますと、きみょうな形をした豆が、
袋の中から、ちらちらみえました。
「やあ、きれいな豆だなあ。」
そうジャックはおもって、なんだか、むやみとそれがほしくなりました。
そのようすを、相手の男は、すぐと見つけてしまいました。
そして、このすこしたりないこどもを、うまくひっかけてやろうとおもって、
わざと袋の口くちをあけてみせて、
「坊ぼうや、これがほしいんだろう。」といいました。
ジャックは、そういわれて、大にこにこになると、
親方はもったいらしく首をふって、
「いけない、いけない、こりゃあふしぎな、魔法の豆さ。
どうして、ただではあげられない。
どうだ、その牝牛と、とりかえっこしようかね。」といいました。
ジャックは、その男のいうなりに、牝牛と豆の袋ととりかえっこしました。
そして、おたがい、これはとんだもうけものをしたとおもって、
ほくほくしながら、わかれました。
ジャックは、豆の袋をかかえて、うちまでとんでかえりました。
うちへはいるか、はいらないに、ジャックは、
「おかあさん、きょうはほんとに、うまく行ったよ。」と、いきなりそういって、
だいとくいで、牛と豆のとりかえっこした話をしました。
ところが、母親は、それをきいてよろこぶどころか、あべこべにひどくしかりました。
「まあ、なんというばかなことをしてくれたのだね。
ほんとにあきれてしまう。こんなつまらない、えんどう豆の袋なんかにつられて、
だいじな牝牛一ぴき、もとも子もなくしてしまうなんて、
神さま、まあ、このばかな子をどうしましょう。」
母親はぷんぷんおこって、いまいましそうに、
窓のそとへ、袋の中の豆をのこらず、なげすててしまいました。
そして、つくづくなさけなさそうに、しくんしくん、泣きだしました。
きっとよろこんでもらえるとおもっていると、あべこべに、
うまれてはじめて、おかあさんのこんなにおこった顔をみたので、
ジャックはびっくりして、じぶんもかなしくなりました。
そして、なんにもたべるものがないので、おなかのすいたまま、
その晩ははやくから、ころんとねてしまいました。
そのあくる朝、ジャックは目をさまして、もう夜があけたのに、
なんだかくらいなとおもって、ふと窓のそとをみました。
するとどうでしょう、きのう庭になげすてた豆の種子たねから、
芽が生えて、ひと晩のうちに、ふとい、じょうぶそうな豆の大木が、
みあげるほどたかくのびて、それこそ庭いっぱい、
うっそうとしげっているではありませんか。
びっくりしてとびおきて、すぐと庭へおりてみますと、
どうして、たかいといって、豆の木は、それこそほうずのしれないたかさに、
空の上までものびていました。
つると葉とがからみあって、それは、空の中をどんとつきぬけて、
まるで豆の木のはしごのように、しっかりと立っていました。
「あれをつたわって、てっぺんまでのぼって行ったら、
ぜんたいどこまで行けるかしら。」
そうおもって、ジャックは、すぐとはしごをのぼりはじめました。
だんだんのぼって行くうち、ジャックの家は、ずんずん、ずんずん、
目の下でちいさくなって行きました。そしていつのまにかみえなくなってしまいました。
それでもまだてっぺんには来ていませんでした。ジャックは、
いったいどこまで行くのかとおもって、すこしきみがわるくなりました。
それでもいっしょうけんめい、はしごにしがみついて、のぼって行きました。
あんまりたかくのぼって、目はくらむし、手も足もくたびれきって、
もうしびれて、ふらふらになりかけたころ、やっとてっぺんにのぼりつきました。